突然ではあるが。
小説や漫画などでよくテーマにされるように、ロボットという物は『愛』という感情を理解できない、と言うのが通説だ。
まあ、人間ですらソレを理解しきれているとは言い難いのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い。

「以前書物で読んだのですが……人間と言うのは――――随分と、理解しがたいものですね」

 都合よく、と言うべきか。ここに、『愛』について悩むモノが、一人――、否、一体。
麻帆良学園中等部3−A。出席番号10番。絡繰茶々丸。
今更もう、具体的な説明も必要ないと思われるが――――彼女は、所謂『ロボット』という存在である。
耳部のセンサーや、ちらりと見える球体関節。何処をどんな角度で見ようが、彼女がロボットであると言う事実は揺るがない。
……彼女のクラスメイトの多くがその事実に気が付いていなっかたというのは、まあ、今は関係ない話である。

「……私みたいなロボットが理解できるものだとは思っていませんが――――それでも、興味は、ありますね。
こう、せめて、どのような行為を好意と呼ぶのか位は知っておきたいのですが――――。どう、なんでしょうか?
友愛、恋愛、家族愛にキョウダイ愛――。色々ありますけれど。」


「――――世界は、何を愛と呼ぶのでしょう?」


 その言葉に、キーボードを叩く音がぴたりと停止する。
そして、パソコンのディスプレイから顔を離し、超鈴音はくるりと向き直った。

「ぶっちゃけ、私もわからないアル。感情の一種、だとは思うけれど」
「はあ」
「……そもそも、愛=行動じゃあないヨ。抱きしめたり、キスしたり、相手を好きだというのは――――愛の結果、アルよ。多分」
「と言うことは、愛は行動でも結果でもなく原因、なのですか?」
「一概にはそういえないけれど――――、まあ、間違ってはない筈ネ」
「成る程。有難うございます。理解は出来ませんでしたが、なんとなく、触れられた気がします」
「それは重畳なんだけどネ」

 ともかく――と、超は言って、自身の人差し指を天井に向ける。
そこには、けたたましく警報を鳴らすスピーカーが。
それから流れる、焦燥を煽るようなこの騒音は、この場所――麻帆良大学工学部の危機を内部の全員に知らせるものであり、
そして、とある限られた一部の者達に収拾をかける合図でもある、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

「まあ、言わずとも聞こえていると思うけれど、分かっているとは思うけど――ネ。一応、指令は出しておくヨ?」

 そして、その極一部というのは、常識を超える戦闘能力を個人単位で持ち、、、、、、、、、、、、、、、、、、、更に≪魔法≫の存在を知る、、、、、、、、、、、、、もしくは行使できるモノ達の事を指す、、、、、、、、、、、、、、、、、
詰まる所、迫る危機を排除できる人材――――ということだ。

「固体番号T-ANK-α3が暴走したらしいネ。そう、茶々丸の弟に当たるアレ、田中さん。
被害状況――――開発を請け負っていた第三棟が半壊、怪我人は十を超え……まあ、皆軽傷だけどネ。ココの皆は色んな意味でタフだし。
茶々丸の使命は――このロボットの暴走を止め、被害を最大限に抑えること」
「――――了解しました。では、準備が整い次第出撃いたします」

 そう言って茶々丸は、装備を整える為に部屋から出ようとして――――

「ああ、そうだ」
「……なんでしょう?」

 不審そうな顔で、後ろを振り返った。
ニヤリ、と。わざとらしく忘れた風を装って、そして厭らしく超は笑った。

「現在、標敵はたまたま通りかかったネギ先生を襲撃し、そして現在も暴走中――――だそうヨ?」
「――――ッ!」

 その言葉に、茶々丸は露骨に反応した。
表情の起伏は少ないが、しかし彼女に全く感情が無いわけではない。
というより、『感情らしきもの』だろうか。彼女は確かに人間らしいが、所詮、何処までいっても人間には成りえない。
そうである以上、人間と同じカテゴリに一括りにしていいのかという問題もあるが――それでも、敢えて言うのなら。
彼女は、間違いなく『怒り』を感じていた。

「そう、ですか。ネギ先生を……」
「まあ、たいした事は無いらしいけどネ」
「……どのくらい、懲らしめていいんでしょう?」
「……ん?」
「弟の不始末は姉の不始末ですから、責任もって愚弟を止めなくてはなりませんが……どの程度なら開発者の皆さんに迷惑をおかけしなくてすむのでしょう?」
「んー、直接開発に関わってたわけじゃないけどネ、多分、あの手のタイプは頭部に重要な機関が集まってる筈だから。それ以外はぶっバラしても構わないアルよ」

目標の生死――はともかく、再利用できるか否か。そこまでの指令は無かった。それはつまり、とことん懲らしめて――ぶっ壊してやれという意思表示。
暗にそう言っている辺り、超もまた、それなりの怒りは感じているらしい。

「……了解しました。では、絡繰茶々丸、征きます」

 奥歯をギリ、と噛み締め、そして。
機械の瞳に焔を灯し、絡繰茶々丸は出撃する。
ああ、美しきかな姉弟愛。そんなもの、一欠けらも有りそうには無いけれど。


 ■


 T-ANK-α3――以下、田中さんと表記することにしよう――は、人工知能のデストローイな部分の赴くままに暴走していた。

 口内に装備された危険極まりないレーザー光線。
鋭いデザインのサングラスに隠された高機能レーダー。
屈強な人工筋繊維と機械の肉体。
分厚い胸部に隠された自動追尾ミサイル、通称おっぱいミサイル。
そういうものは美少女ロボットとかについている物じゃないのかという突っ込みは、この機体の開発者、葉加瀬聡美には通用しないだろう。
彼女もまた、その天才頭脳のデストローイな部分の赴くままに田中さんを開発したのだから。

 そして、その天才☆葉加瀬聡美の根城である、麻帆良大学工学部開発担当第三棟は、イイ感じに崩壊していた。

「いやー、あはは。失敗しちゃいましたねぇ……まあ、全データのバックアップは取ってあるから大丈夫ですけどねー」
「なにが大丈夫なのですか」

 がしっ。
大して反省もしていないような口調で話す葉加瀬聡美のこめかみを、親指と人差し指でがっちりと挟み込んだのは、
メイド服を身に纏い、大きな旅行カバンと黒い大傘を引っ提げた――――茶々丸だった。
メイド服――といっても、一部の層を狙ったマニアックなデザインではなく、実際に使用されるような仕事着としてのものだ。
白と黒を基調にしたシックな色使いに、茶々丸の無機質な美貌が相まって、かなり様になっている。

「ギブギブギブ! 茶々丸! ごめんなさいごめんなさい!」

 俗に言うアイアンクローで、全ての元凶を締め付ける茶々丸。
かなりの力が入っているらしく、葉加瀬は意識を保てるぎりぎりのラインに立っている状態だ。
今の所、アウトギリギリ。

 ギリギリギリ。更に力が込められる。

「全く、また工学部の皆さんに迷惑を掛けて……」

 ギリギリギリ。ギリギリアウト。

「それに、ネギ先生にお怪我をさせたというのはどういうことなのですか」

 ギリギリギリ。完全にノックアウト。KO一本勝ちっ!

「態度によっては……って、もう聞こえてはいませんか」
「…………」

 返答が三点リーダ四つ分になったところで、指先に込める力を緩め、アイアンクローから葉加瀬の頭部を開放する。
白目を剥いて口から泡を吹いているが、まあ、大した事は無いだろう。
葉加瀬聡美はかなり頑丈に出来ているのだ。例え研究棟が崩壊しようとも、この人だけは生き残るに違いない。
天才は短命だというが、その通説を逆走し続けるだろう、この人は。
そんな風に思考しながら茶々丸は、未だに意識混濁中の葉加瀬をボロ雑巾の如く投げ捨てた。
ロボット工学三原則はどこに行ったのさアイザック・アシモフ。
葉加瀬的には、飼い犬に手を噛まれて、ついでにそのまま千切られたような感じなのだろうか。よく分からないけど。

「さて、取り敢えずは――愚弟の居場所を探さなくてはなりませんね。
しかし、このメイド服はなんなのでしょう? いや、ちゃんとした戦闘服だというのは分かるんですけど――ね。
繊維はケプラーとか、そういう類ですし、旅行カバンの其処彼処に武器も仕込んでありますけど……やはり、誰かの趣味なのでしょうか?」

 スカートの端を摘みながらブツブツと呟いていると――――、少し先で、爆音が。
茶々丸の優秀なセンサーは、それと共にやたら陽気な高笑いを感知した。

「ああ、あそこに居ましたか。意外と早く見つかりましたね。よかったよかった。
未だに皆さんに迷惑を掛けているようですから――これはちょっと、キツメにお仕置きしなければなりませんね」


 ■


 ――――警報発令から、茶々丸が到着するまでの約五分間。
田中さんのテンションは、まだまだ短い人生、もといロボット生の中で、最も『ハイ』ってやつだった。

 何時もは腰の辺りに煩わしいアンビリカブルケーブルを装着しなければ起動すら侭ならないが、しかし今は違う。
新開発だというS2なんやらという機関を頭部に埋め込まれ、アンビリカブルケーブル無しでも半永久的に自律稼動できるようになったのだ。
許可さえあればそこらを自由に行き来できるし、開発室で見かけた可愛いあの子を探すことも出来る!
この状況でハイにならずにいられるだろうか? いや、そんなことはできまい!(反語)

 あまりの嬉しさに思わず暴走してしまったものの、しかしそんなことは気にならない。
私には最新式のボディと武器が揃っている。防水加工も完璧。しかも研究所は(私の所為で)半壊気味!
今の私に勝てる存在などまさかいるまい。
HAHAHAHAHA! 私は新世界の神になる!

 手始めに、研究棟を全壊させようか。
そう思い立ち、口内装備のレーザー起動させ、照準を定めた時。
照準を定める為に、動きを止めた彼の頭部に。


 めきょ、と。


 体長二メートルを超える彼の後頭部に――――茶々丸の飛び膝蹴りが直撃した。
予想だにしない後ろからの衝撃に、田中さんの巨体がグラリと揺れた。

「――――ガッ、…………ッ!」

咄嗟に振り向いた田中さんの目前に――メイド服の少女が着地する。この愚弟は――と溜息を吐く。

「……この程度でどうにかなるような、そんな柔なボディではないでしょう。そんなに睨まなくてもいいですよ」
「――――ッ!」
「気に入らないって、顔ですね。それはそうでしょう。私は貴方の敵なのですから。
だから、向かってきなさい。世の中そんなに甘くないって事を、お姉ちゃんが教えてあげましょう」

 目の前の茶々丸を、完全に敵として認識した田中さんが攻撃行動を起こす前に――――茶々丸は黒傘を構えた。
石突の部分を、田中さんに向ける。二人の距離は、約五メートル。
そして、手元のカーブした部分に備えられた撃鉄を落とし――――引き金のような部分に人差し指を掛け、そして。

 三回、引いた。

「――――ッ!?」

石突の先端が火を噴く。
疾走した三発の大口径の銃弾が胴体に着弾し、またもや、田中さんの巨躯が揺れる。

「コノ程度……!」

銃弾を振り払い、反撃しようとした所に――もう一撃。
ドン、と、鼓膜を叩く破裂音。
腹部にめり込んだままの銃弾が――――爆発した。
破片が容赦なく田中さんの腹部を抉る。

「衝撃が加わって一定時間が経過すると――内部に装填された極少の爆弾にスイッチが入る、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、――――悪趣味ではありますけれど、有効的ではありますね。
このアンブレラ・ガンの威力も含めて――生身の人間が相手なら、軽ーく致命傷にはなるかもしれませんね。っていうか殺せます」

 この武器の開発者――まあ、超なのだが――の悪趣味さと有能さを改めて感じながらも――――茶々丸は、攻撃の手をやめない。

 引き金を慈悲なく容赦なく満遍なく引いて撃つ撃つ撃つ。
着弾の度に田中さんの身体はぐらつき、爆発の度に抉られていく。

「……ガ、グ」

 人工の筋繊維と、潤滑剤であるソリッドが流れ出す。
更に打ち込まれた三発が、全てその効果を発揮し終わる頃には、既に田中さんの腹部から内部の機構が顔を覗かせていた。

「最新のボディですから、もう少し頑丈かとも思ったんですけど――そうでもなかったみたい、ですね。
まあ、この銃弾が強すぎるって言うのもあるでしょうけど――――。それでも、もう少し根性を見せられるでしょう。
ロボットとはいえ、一応男性体なんですから。オトコノコ、でしょう? かかって来なさい」

 その言葉に逆上したのか――田中さんは、誰に向かってでもなく咆哮した。
辺りに響く合成の機械音。恐らくは、呆けていた自らを引き戻す為に。

 ――人工筋肉で固められた、丸太のような両腕を茶々丸へ向ける。
そして、両の手の平が――変形した。中央部分が蓋の様に開き、其処から顔を覗かせるのは――大口径の、銃口。

 一も二も無く、銃弾を放つ。手の平が火を噴いた。
特殊な銃弾は装備していないものの――、銃自体の性能は、茶々丸のアンブレラ・ガンに勝るとも劣らない。
無数の弾丸が茶々丸を襲う。

 恐らく茶々丸は、その弾丸を避けきれない。
知覚は出来ても、反応は出来ても――避けている最中に、銃弾が命中するだろう。
曲がりなりにも彼女の後続機である田中さんが避けきれなかったのだから――茶々丸に避けきれる筈が無い。

「Good bye ☆」

 無数の弾丸が、茶々丸に向かって疾走する。
茶々丸も、アクションを起こす。避けきれないなら避けなければいいと言わんばかりに、前へ一歩、踏み込んだ。
同時にアンブレラ・ガンを、傘本来の用途同様に――バサッと開く。

 布地の部分に身を隠し、田中さんへ肉薄する。
着弾した銃弾は、無駄な足掻きだといわんばかりに布地を突き破ろうとして――――そのまま、呆気無く地面に落ちた。

「ナ、――――!?」

 銃弾 VS. 傘の布地。常識的に考えれば――どちらが勝つなんて、考えるまでも無いけれど。
そもそも、そんな常識、、、、、最初からこの戦場にありはしない、、、、、、、、、、、、、、、――――!
恐らく、茶々丸のメイド服と同じ素材。それが使用されていたのだろう。

 更に神速で一歩、力強く踏み込む。
恐らく、常人ならば知覚することすら困難であろう速度で田中さんに肉薄する。
大きな身長差の所為で、茶々丸が文字通り懐に潜り込む状態となり、そして。
茶々丸は左手に持った重量のある旅行カバンを、思いっきり上方に振り上げて――――叩きつける。

 やられっ放しではいられないと、その一撃を、田中さんは腕を交差させて防ぐ。
間髪いれず、懐の茶々丸を思いっきり蹴りあげる。
軽い茶々丸のボディは簡単に吹き飛び、数メートル先に墜落する。

 余裕は与えない。
今度は両の手首が折れ、ミサイルの頭が覗く。
同時に、胸部のプレートも開放。

「――――FIRE.」
ミサイル全弾、発射。

 流石の防弾素材とはいえ、ミサイルを受け止めるわけにはいかない。素手で捌き切れないことも無いが、しかし数が多過ぎる。
だから、受身を取り既に立ち上がっている茶々丸は――そのミサイルの嵐をアンブレラ・ガンで迎え撃つ。

 弾ける弾丸。目標に届く前に、次々と打ち落とされるミサイル。
撃墜の度に爆発音と熱風が辺りを焦がすが――茶々丸のセンサーは揺るがない。

 がしがしがし、と、引き金だけが動く虚しい音が響く。
四発目を撃墜した所でマガジンが空になるが――すぐさま、スカートを捲る。
人工の皮膚で包まれたふとももに、ベルトで止められた無数のスペアマガジン。
ソレを、流れるような動作で装填、そして行動を再開。


「悪くはないですが――まだまだ、ですね」

 ――――こんな程度で破壊される私ではありませんよ?
自らの弟に内心そう呟きながら――茶々丸は、最後の一機を撃ち落とす。


 ■


 バラバラと飛散するミサイルの残骸を見詰めながら――田中さんは震えていた。
恐怖に、ではない。現時点では彼の敵であり、そして先行機――姉にあたる、茶々丸への尊敬によって、だ。
おおよそ全ての性能に関して――自分の方が、何枚も上手な筈なのに。
確かに、戦闘経験の差は埋めきれないが――それでも。圧倒的に、自分のほうが有利な筈なのに。

 目の前の姉を倒す場面を――シュミレートできない。
今のミサイル攻撃だって――滅茶苦茶に、考え無しで起こしたわけじゃない。
回避できるルートを爆煙で潰し、銃で撃ち落す速度を計算に入れた上での――戦術。
それが、まるで通用しない。

 ここに来て田中さんは、自分が敵対したモノが想像以上の脅威であると悟った。
私はとんでもない姉を持った、と。
そして同時に思考する。

 正々堂々、真っ向から。
「ワタシハ貴女を――超エテミタイ」

 彼の人工知能は、間違いなく、そう思考した。

 ――――タン、という軽い音と、そして微かな笑い声を彼のセンサーは感知する。
それと同時に、未だに燻っているミサイルの煙を掻い潜って――茶々丸が、接近してきた。
エモノは、持っていない。

 迎撃すべく構えをとった彼の目の前で茶々丸は高く跳躍し、彼の頭部目掛けて蹴りを放つ。
咄嗟に腕を防御に回すが――出会い頭に喰らった、牽制の蹴りとは威力の桁が違う。
ミシミシ、と腕が嫌な音を立てた。が。
瞬時に、反撃。
空いた片腕で、空中に留まった茶々丸を力任せにぶん殴る。
腕をクッションにして威力を殺すが――それでも、十分な破壊力。

 田中さんよりも派手に腕が軋んだが――構わないといった様子で着地する。
間髪入れず、田中さんは攻めに徹する。
強く握りこんだ両の拳で、力任せに――滅多打ち。

 戦法も戦術も何も在ったものではないが、しかし彼の性能を考慮すれば――十分、どころかオーバーダメージだ。
策では、戦闘経験が桁違いの茶々丸には遠く及ばない。
握力×体重×速度イコール――――破壊力。
策で競っても勝ち目はない、、、、、、、、、、、、――――持ち味を活かせ、、、、、、、


 ――――弟の拳を、茶々丸は柔に受け流す。
田中さんは外見通りのパワータイプだが、茶々丸はそうではない。
だから、技で。応戦する。
顔面に向かってくる拳を受け流し、鳩尾を狙ってくれば――払いのける。
そして反撃。

 拳と拳の応酬。
技と力の――ぶつかり合い。

 どれほど、経ったのだろうか。
お互いに、一歩も譲らない――否、半歩分、茶々丸が有利か。それでもお互い、気合いの上では一歩も引かない。
そしてその、延々と続く拮抗状態の中で、

「私を」
唐突に。
「超えたい、のでしょう?」
茶々丸が、言う。

「だったら、このままでは勝てないということも――分かるはず」

 攻撃の手を一切緩める事無く、田中さんは思考する。
そんな事は分かっている。茶々丸の拳の一撃一撃は軽いものの――既に十数発、喰らっている。
しかもその殆どが、先ほどやられた腹部の大穴に吸い込まれている。
それにそもそも、仮にこの状態を五分と見たとしても――――五分で勝利は、ありえない。

 きっと、何かしらの策があるのだろう。
露骨な誘い方も、その一環なのか。選択肢は、二つ。伸るか反るか。
その中間で、田中さんの頭脳は揺れる。

「使っても――いいですよ」
 また、唐突に。

「――――?」
「奥の手を、使ってもいいと、言っているんです」

 ……バレていたか、と。
別段隠していたわけではないが――それでも、手の内は見透かされていた。

 そして、茶々丸にとってはある意味想定内。
自らと、そして、今対峙している弟の――製作者。
その人物の性格を分析すれば――というか、するまでも無く。
基本的にお茶目な、悪く言えばふざけた性格をしているものの、その中には揺るがない美学と信念がある。
口に出しはしないが、だから私はハカセが好きなのだ。というより、己を貫き通そうとする人に惹かれるのだ、きっと。
マスターにしたって、ハカセにしたって、超さんにしたって、そしてネギ先生だって。

 ああ、その感情はきっと、この頭脳を駆け巡る零と一の羅列はきっと――――


「ウオオオォォォォォォォ――――――」
 田中さんの咆哮と共に、両の腕が再三、形状を変える。
手首が折れ、掌が吸い込まれ、そして出現したのは。


『科学者にとっての美学? 信念?
ふふふ、そんなの決まってるじゃない、茶々丸。まずは自爆装置。そして強力なレーザー。
最後は――――』


 円錐型の、鋭い刃を幾重にも重ねた凶悪な回転削岩機が――モーター音を響かせる。
右と左。二つのそれが共鳴し、辺り全てが咆哮と振動に包まれた。


『――――ドリルに決まっているじゃない』


「やはり、それでしたか」

 その脅威に覚悟を決めると共に、茶々丸は安堵した。
これでやっと――自分も、奥の手が出せると。

「――――ォォォォォォォオオオオオオ!」

 茶々丸の左右から、二つの猛威が牙を振るう。
逃げ場を無くすように――挟み撃ち。

 ただし、抱きしめるように、だ。
腕を交差させるようにして攻撃を仕掛けた。
左と右で高さが違う。避ける為に跳躍すれば――右のドリルに。しなければしないで――左のドリルに喰われるだろう、、、、、、、

 後ろに引くという手もある。
タイミング的にはギリギリだが――避けられない事も無い。
ここで安全策を選んでも良い。
だが、そうはしない。したくない。
弟が真正面から向かってきたのだから――姉として、向かい合わない訳にはいかない。
だから。人工筋肉を軋ませ、強靭なスプリングを開放して――――茶々丸は跳躍する。
体の下を潜った左のドリルは、メイド服の一部を持っていかれたものの――避けきった。

 だが、跳躍したということは、必然的に右腕が餌食になるということ。
バリバリバリバリ、と、茶々丸の右腕が――喰われた。
回転する刃。人工皮膚が切り刻まれ、人工筋肉が引き千切られ、人工骨格が――砕け散る。
辛うじて繋がってはいるものの、右腕は只のモノへと成り下がった。

「――――ぐぅ」
右上腕部に動くよう指令を送るが――ピクリともしない。
擬似神経は一筋すら生き残っていないらしい。
まあ、構わないですね。そう呟いて、茶々丸はメイド服の裾を再び捲る。
相手が奥の手で来たのなら――此方はは裏技ウルテクで迎え撃とう。

 スペアマガジンを留めるベルトを左腕で外し――バラバラと、重力の鎖に絡め取られた鋼鉄の銃弾庫。
ソレが落下しきる前に、ドリルが胴体に喰らいつく前に、渾身の力で蹴り飛ばし――――――

 田中さんの剥き出しの体内に、、、、、、、、、、、、、――――極小の爆弾を抱え込たマガジンをぶち込んだ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 マガジンの胴部分が陥没するほどの威力の蹴り。
それほどの衝撃を与えれば、当然の如く、内部の爆弾が作動し、











「――――――――――――――――――ァ、」











 一瞬の静寂の後、目も眩むような閃光が迸った。


 ■


「いやはや、正直、ここまでやるとは――思って、いませんでしたね」

 腹部の大穴から煙を吐き出しつづける弟を見て、茶々丸はそう思考した。
何が起きたかといえば、至極単純な話。体内で爆弾が炸裂したのだ。胴体内部の機構は恐らく全滅だろう。人工知能の搭載された頭部は頑丈に出来ているのか、軽い損傷程度で済んでいるが。
「ンン……ン?」
きぃ、と首を軋ませながら、田中さんが顔を上げる。胴体は完全に沈黙状態。頭部に近い首の人工筋肉が辛うじて生き残ったらしい。
「あら、まだ起動できるんですか。本当、丈夫に出来てますね」
田中さんは、油の切れた機械仕掛けのようにぎこちなく首を動かして辺りを見回し、茶々丸に視線を送った後、自分の体を確認した。

「アア、負ケマシタカ」
「でも、いい線いってましたよ。敗因は、まあ色々ありますけど、経験不足が大きいでしょう。
ハカセのところで扱いてもらえば――そうですね、そのうち私でも勝てなくなる。まあ、今のままのボディでのお話ですけどね。
弟に負けるつもりはありませんよ」
「……ハハ、厳シイデスネ」
「甘やかすつもりは無いですから。で、そんな事はどうでもいいんです。
私の受けた指令は、『貴方を止めること』。貴方の身柄をハカセに受け渡せば、一応これで完遂ということになりますが」

「まだ若干ではありますが――動くことができる。つまりは『止まって』いないわけです。
……って、ああ、大丈夫ですよ。破壊したりはしません。主電源を切るだけですから」

 田中さんの後ろに回り込み、慣れた手つきで首筋のハッチを開ける。
茶々丸の人差し指第一関節が折れ、微細な内部機構が飛び出し、田中さんの人工知能に接続された。



「今度、野点をやるんです」



 ……二人――二体の間に流れる微妙な空気を破ったのは、茶々丸の唐突な一言だった。

「ですから、今度、野点をやるんです」
「……?」
「ネギ先生とマスターも来ます。ネギ先生にお怪我をさせたのは貴方なんですから、その時にちゃんと謝りましょうね」
「……アー、分カリマシタ、姉サン」
「それと――、私たちはお茶を飲めませんけど、そのときは敵同士としてでなく姉弟として――――まったりしましょうか」

 合点がいったと、田中さんがにこりと頷く。
「了解デス。オヤスミナサイ、姉サン」
「――ええ、おやすみなさい」

 田中さんの主電源を、茶々丸がOFFにする。
完全に沈黙した田中さんの回収を工学部の方々に無線で頼み、茶々丸はボロボロになったメイド服の埃を払う。
「さて、そうですね。このまま私も修理してもらわなきゃなりませんけど――その前に、行きたいところがあるのです」

 花の咲くような笑みを浮かべて、茶々丸は確りと歩き出した。


 ■


 T-ANK-α3の襲撃を受け、少しばかりの傷を負ったネギを訪れたのは――――何故かメイド服に身を包んだ茶々丸だった。
メイド服に切り裂かれた跡、そして、辛うじて繋がっているだけの右腕。しかし、彼女は全く気にした様子も無い。

「ネギ先生、お怪我の具合は?」
「大した事は無いですよ――――って、大丈夫なんですか茶々丸さん!?」
「いえ、大丈夫ですから。お気遣いありがとうございます」
「え、だって右腕が、中身見えてますよ中身!」
「いや、私はロボットですから。修理してもらえば何の問題もありません」

 なぜか顔を赤らめながら(何時の間にそんな機能がついたのかは謎だ)、深く頭を下げる茶々丸。
軽くパニック状態だったが、茶々丸が上手く丸め込み、何とかネギを落ち着かせる。

「……この度は、愚弟が御迷惑をおかけしました」
「あれ、あのロボットって茶々丸さんの弟さんなんですか?」
「ええ、弟と言っても後続機――なのですけれど。ボディの性能はともかく、人工知能のほうが甘かったようです。
まあ、きっちり懲らしめておきましたから、もう悪さはしないと思います」

 そうですかー、とネギは相打ちを打つ。
そして、ふと。茶々丸の顔を見る。相変わらず頬を赤らめながら、自分の顔をボーっと見詰めている。
どうしたのかと顔を覗き込んだネギに、

「えーと、どうしたんですか茶々丸さ――――」
「失礼します、ネギ先生」

 もう我慢できないとでも言いたげに、茶々丸は左腕でネギを思いっきり抱きしめた。
顔を真っ赤にしながらしどろもどろになるネギを強く抱き寄せて、茶々丸は、ネギの耳元で高らかに宣言する。


「ネギ先生。二度と、御迷惑をお掛けしないように――――貴方を、何時までも守ります」


 それは、聞きように因っては――プロポーズじゃないか。自分は何を言っているのだろう。
茶々丸の人工知能はそんな風に思考しながらも、決して後悔はしなかった。

 彼女の感じている『感情のようなもの』は、突き詰めれば所詮、零と一の羅列に過ぎない。
だが、その感情がツクリモノであろうと――――構わない、と。
本物であろうが無かろうが、ツクリモノであろうが無かろうが――私が何かを感じられたことは事実だ。
その思考と共に、ネギを更に、もっともっと強く抱きしめる。














 ああ、茶々丸。
君の頭脳を駆け巡る、その零と一の羅列――――。

 間違いない。


 ――――世界はそれを、愛と呼ぶんだぜ。



















≪The world calls it love.≫ is the END!