※この作品は、荒木飛呂彦 著『死刑執行中 脱獄進行中』という短編集に収録されている『デッドマンズQ』という漫画をネギま! とクロスさせたものです。
しかし、『デッドマンズQ』の設定は明らかにされていない部分が多く、その個所については独自設定を使用して補っています。
そのため両作品との設定に若干の矛盾が生じてしまうかもしれません。また、これらの設定は各原作との間に直接的な関係は一切有りません。それらの点に関しては、どうぞ、御了承下さい。
電車特有の揺れを静かに感じながら、わたしは思考する。
私の向かいに座っている女性。身なりからしておそらく学生だろう。
本当にくだらないことではあるのだが、電車の中で化粧をするというのはいったいどういう事なのか。いや、『マナー』がどうだとかそういうことを言っている訳ではない。
それにばかり夢中になっていて、まるで外界に関心が向いていないのだ。
どうやら彼女は、窓を覗き、この素敵な青空を眺め、移動する景色をゆっくり楽しもうとは思わないようだ。
惜しいな、と思う。
私が生きている頃はどうだったかなんて覚えてはいないが、少なくとも今はそれがとても重要なことだと思っているから。
≪次は、麻帆良学園中等部前――――――≫
幾つもの景色が後ろへ流れたころに、目的地への到着を告げるアナウンスが聞こえてきて、向かいの彼女も車両を降りる仕度を始めた。
彼女には触れないように、しかし距離を置かないように後ろへ付いて歩く。
改札口に着き、彼女は駅の外へ出た。改札口の扉が閉じてしまう前に、私もそれを通り抜ける。
非常に面倒な行為だが、切符を持っていない以上仕方がない。なぜかと言われれば、席を確保したあとに切符を破り捨てたからのだから。
切符は持たなくていい。車両に『乗った』ということが大切なのだ。
少し歩いて、広く開けた中庭らしき場所に出れば、楽しげな話し声が彼方此方から聞こえてくる。
どうやら休み時間というやつらしい。どこを見渡しても人だらけ。やはり学園と言うだけあって、人の多さは半端ではない。
この学生達は一体どのように話し、どのように行動するのか。そこらのベンチにでも座ってしばらく眺めていたいところだが、やはり仕事――『依頼』が優先だろう。
集団で歩く学生達とぶつかる事のないように注意しながら歩き出す。
――『ナイフ』だ。『ナイフ』が要る。『くだものナイフ』でもいい。これは何にも勝る重要なことだ。
目的の場所にある事を望むが、もしなければ例えどんな手段を使ってでも探さなくてはならない。
……しばらく歩くと、目的の場所はすぐに見つけることができた。
「麻帆良学園中等部女子寮――……間違いない」
女子寮に男が入るのは相当問題がありそうだが、しかしわたしには関係ない。
扉を開けて寮に入る。なかなかいい趣味をしている……派手ではないが造り込まれた廊下だ。
「ン……、ここか」
二度三度と階段を上り、辿り着いたのは一つの部屋。
部屋番号を確認し、ここに『標的(ターゲット)』が住んでいることを確信する。
先程見た掛け時計を見るに、今の時刻は二時過ぎ。この時間帯ならば部屋にいることはないだろう。何しろ相手は学生だ。
待ち伏せて任務を遂行する。それで終わりだ。
ドアノブに手をかけようとして、今の私には『左腕』がないことに気が付いた。
ああ、不便なことこの上ない。憤りを感じながらも右手でドアノブを触り――……間違いない。『この部屋には人が居ない』。
それを確認した私は造りの良いドアを潜るように通り抜けた。
ズブズブと扉を潜る感触の中で、私は自分の生活について考える。死んで『魂』になる前は『自分の価値観の中心』は数字だった。
稼ぐ金額は他人より多い数字。成績の順位は他人よりも少ない数字。
新幹線は一分でも早くだし、年齢は一切でも若くだ。髪の毛は一本でも多く、体脂肪率は二十%以下。
じゃあ今はなにに価値を見い出せば心が落ち着くのだ? 速い電車なんか乗りたかないし養毛剤もいらね――――
――――扉を通り抜けた。……部屋の彼方此方に視線を滑らせる。
年頃の学生のことだ。もっとごちゃごちゃしているかと思ったが、予想外に落ち着いた部屋だった。
それにキッチンもある。ならば『ナイフ』もあるはずだ。
……こういう部屋を見ていると、ふと思う。やはり自分の部屋が欲しい、と。
折角なら眺めのいい部屋がいい。風に吹かれず落ち着いて本が読めて、花の絵を描いたり、ヘッドホンステレオではなくスピーカーの音響でワーグナーの音楽に陶酔できるような部屋だ。
だれも『幽霊が出るぞ』なんて噂を立てず……霊能者を連れたTV局がやって来ないように、人間が借りているように家賃も払う。
キチッと大家の『許可』もとった、私だけの『結界』のある部屋だ。
窓から外を見る。そこには数体の『魂』がいた。頭が半分以上欠けている者、首から上だけの者、木の上に横たわった上半身だけの者……。
あんな風になるのはわたしは絶対にごめんだ。通行人の足にぶつからないよう電柱の影にうずくまったり、木の上にしがみついたりしてるヤツらと同じにはな……。
しかし……具体的に言ってどうすれば生きている人間からマンションなんか借りられるんだ?
やはりあの『屋敷』を手に入れられなかったのは惜しかった。あの『掃除屋』さえいなければ――……
……――まあいい。とりあえずは『ナイフ』だ。
キッチンの方へ視線をやる。扱いやすそうな小さめのくだものナイフと包丁が一本づつ。
時間はまだたっぷりあるが、早めに準備しておいて損はないだろう。キッチンへ歩を進め、刃渡り十五センチほどのくだものナイフを手にとる。
これで準備は整った。リビングにあるソファへ深く腰掛ける。
さあ、後は『標的(ターゲット)』が来るのを待つだけだ。
デッドマンズQ 〜相坂さよの場合〜
身長百四十九センチ、体重は『魂』だけの存在である為計測不可能。
スリーサイズ、上から七十七、五十六、七十九。腰まで届く灰色がかった透き通るような長髪。肌は雪を欺く病的な白。
常に古い制服を着用し、膝から下は煙のようにぼんやりとした輪郭しかない。どことなく幽玄道士を連想させる儚い雰囲気。
一九二五年生まれ、一九四〇年没。つまり既に肉体はなく、俗に言う『幽霊』と言う存在である。
――――以上、3−A、出席番号一番。相坂さよのプロフィール。
さて、そんな彼女の歩き方(不適切な表現かもしれないが)には特徴がある。
生物を――、正確に言うならば、ありとあらゆる『魂』を避けていくのだ。人間に限らず、空を飛ぶ鳥も、宙を舞う蝶も例外なく。
他人と接触するのが苦手とか、動物が怖いとか、そんな単純な理由からではない。他の生物――他の生命に『触れる』のはいい。
だが、『触れられる』のはダメだ。酷く不安定な状態でこの世に留まる幽霊――『死者の魂』にとって、確固たる存在を持つ生命は危険物以外の何者でもないのだ。
事実、彼女は飛んでくる鳥に『触れられて』、被害を被ったことが幾度となくある。具体的に言えば、『触れられた』部分の腕や脚が千切れ飛んでしまったり、だ。
言うまでもなくアワアワ言いながらテンパった彼女だが、偶然にも傷口をくっ付ければ元通りになることを発見できたのだが……現時点では重要なことではないだろう。
……ともかく、そんなこんなで彼女は他の生物との接触を避けるのだ。
そんな彼女は今、女子寮の近くで一つの魂を目撃した。
とあるクラスメイトのお陰によって行動範囲は劇的に広がったものの、麻帆良学園の広大な敷地全てを知るには至っていない。
その所為か彼女は『自分の同類』、つまり自分以外の幽霊に出会ったことがなかった。
――彼女は考える。これはチャンスなのではないかと。新しい友達を作ることが出来るのではないかと。確かに、彼女の担任であるネギ・スプリングフィールドを筆頭に、話すことの出来る相手はいる。
だが、欲望を満たした後に来るものは更なる欲望だ。
――彼女は一つの決心をした。あの魂に話し掛けてみるのだ、と。自分の同類と友達になるのだと。
それは、内気で人見知りの激しい彼女にとってはとてつもなく大胆な行動だった。
彼女の見かけた幽霊は、わき目を振ることもなく女子寮へまっすぐ進む。
後姿と横顔をちらりと見ただけなので確証はないものの、まず男性の霊だろうと思う。
レンズ型の模様が花びらの様に並ぶスーツを着込み、短く刈り込んだ頭に塩化ナトリウムの結晶のような模様の小洒落た帽子を被っている。
帽子と同じデザインのネクタイを、肩の辺りで肌に直接触れるように結んでいる。小脇に抱えた頑丈そうな小箱はもさることながら、最も目を引くのはその左腕だ。
喰い千切られたかのように肘から先が存在していない。それに気付いていないかの如く自然に歩く彼は尚更目を引いた。
……まあ、正直な所を言えば相当に怪しい人物だ。普段の彼女ならば話し掛けるどころか関わろうとすらしないだろう。
だが、自分の同類を見つけたという一種の高揚感は、彼女にそんな思考をさせなかった。
取り合えず後を付けてみる。男性の霊は確認をとった後、中等部女子寮の扉を戸惑う事無く開けた。
さよも急いで中に入り、気付かれないようにこっそりと歩いてゆく。尾行の基本すら知らぬ彼女だが、『気付かれない』事に関してなら彼女は間違いなく一級品だ。
部屋番号を確認しながらゆっくり進む彼を壁越しに追ってゆく。見知らぬ他人の後を付けるという背徳感。
二度三度と階段を上るたびにさよの緊張は高まってゆき、息を呑む音が酷く大きく感じられる。
最早、さよの思考を支配しているのは緊張だけ。当初の目的などとうに忘却の彼方だ。それでいいのか現役中学生。いや、確かに現役六十余年目だけど。
「ン……、ここか」
唐突に男の声が響く。
その声にびくりと身を震わせつつも、さよは監視を続けた。ぶっちゃけ心臓がオーバーヒート寸前なのだが、そこは気合で押さえ込む。
少し戸惑うような様子を見せた後、男は部屋の扉を潜るように通り抜ける。それを見て、不覚にもさよは「うわぁ……」と感嘆の声を漏らしてしまった。
いや、自分も同じような事を日常的に(たまに出来ないことがあるが、そこは幽霊の才能がないと思っている彼女のこと、あまり気にしている風でもない)やっているのだから驚くこともないと思うが、自分でやるのと他人のやっているのを見るのでは全く別物らしい。
……いやまず、女性の部屋に忍び込む男性を見て突っ込む所はないのかと言いたいところだが、自分の同類を見つけたという一種の高揚感は、彼女にそんな思考を以下略。
ともかく、彼女は後を追う。
扉の前に立って、意を決して前進する。今この部屋に入り、今ここで話し掛けるのだ。
いける。大丈夫よ私。あの人だって話し相手が欲しいはぶっ。
……『許可』を得ていない彼女が目前の部屋に入れるはずもなく、顔面と扉が熱烈なキスを交わすに終わった。
だが、(ヒリヒリと痛む鼻頭を押さえつつも)今の彼女はその程度ではへこたれない。こうなったら出てくるまで待つんです。そう自分に言い聞かせて扉の前で待機することにしたらしい。
刻々と時間は過ぎ、帰宅部の生徒達がちらほらと寮に姿を現し始めた。
目の前を通る生徒達を避けつつ、待つこと一時間弱。そろそろ限界が近づこうとした時、かつかつと床を靴底で叩く音がした。
かつかつかつ。だんだんと音が大きく聞こえるようになる。かつかつかつ。もしや、と振り向いたさよの前方にいたのは一人の女子生徒だった。
肩口で切りそろえられたセミロングの髪。平均的な身長。土気色、とでも言うのだろうか。随分と憔悴した顔つき。目の下の隈。
知らない人だな、とさよは思う。まあ、この学園の保有する生徒数と、さよの狭い交友関係を考えれば当然なのだが。
そそくさと移動したさよを横切るように扉の前に立ち、ドアノブに手をかけた。
さよの予想通り、セミロングの彼女はこの部屋の主だった。
あの幽霊さんの関係者だろうか。もしそうならどんな関係なんだろう。バタン。少々乱暴に閉められた扉を見詰めながらそう考える。
……もしかして、恋人だったりするのだろうか。死んであの世に行く前に一目見たい、みたいな。いや、それにしては歳が離れすぎかな? とも思う。
ならば歳の離れた兄妹とか。もしくは歳の近い親子かも。
何にせよ、用事が終われば出てくるかもしれない。そう結論付けておく。
もしかしたら成仏してしまうかもという不安もあるにはあるが、自分の同類を見つけたという一種の高揚感は、彼女にそんな思考を以下略。
「……あ、」
ふと、ある思いがさよの脳裏を掠めた。
こう、なんというか、つまり、――――覗いちゃおうかな、と言うような類の奴が。
要するにデバガメ、というやつだ。3−Aの早乙女ハルナ辺りを筆頭に大抵の女子には標準的に装備されているアレ。生きた時代は違えど、さよもまた年頃の女子だった。
先程とは別の要因でバクバク鳴り始めた心臓を押さえつつ、ちらと視線を上に滑らせる。視界に入ってきたのは、確りとした作りの扉の上に存在するほんの少しの隙間。そう、それは中の様子を覗くのにはギリギリ十分なくらいの。
ゴクリ、と喉が鳴った。
よし、覗いちゃおう。覗こうと心の中で思ったならっ! その時スデに行動は終わっているのですっ!
どこぞのギャングっぽい台詞を心に秘め、ふよふよと扉の上部へ移動していく。
少しだけ埃っぽい出っ張りに指をかけ、オーバーヒート寸前な心臓の鼓動を隙間に視線をくぐらせる。そして、そこで見たのは――――
死体、だった。
「ひっ……ッ、」
さよの視線は動かない。いや、動かせない。
死体だけではない。それを抱きしめる男性の幽霊。
鈍く光を反射するナイフの兇刃。
ソレが深く深く突き刺さった少女の背中。
そして滴り落ちる赤い血、血、血、血、血、血血血血血血血――――――――!
さよの全身は恐怖と混乱の鎖に絡め取られた。指一本どころか声帯すら振るわせられない。
「ひっ、 ああ、 ァ ァァ ァ ァァァ――――――」
それでも、悲鳴は止まらない。
舌が絡んで言葉が出てこない。
喉が詰まって呼吸が出来ない。
「 」
声。
「え……、ッ」
恥も外聞も臆面もなく、その場から一刻も早く逃げ去ろうとしたさよが聞いたのは――男の声だった。
ビクリ、と身体を硬直させる。「な、に……、?」
「 」
酷く動揺している所為か上手く聞き取ることが出来ない。
だが、直感で理解している。間違いなく、それは、男の声で――――
「この部屋に入ることを――――『許可』、しよう」
今度こそ。
確実にさよの耳に声が届き。そして。
次の瞬間、ふわり、と。奇妙な浮遊感がさよの全身を包んだ。
―中書き―
未消化の中編と長編を抱えている私。
取り合えずオチまでの流れは出来ている『デッドマンズQ 〜相坂さよの場合〜』を終わらせようと思った次第です。
合言葉は『できることからやっていこう』。
完結までに何度か修正が入るかもしれませんが、そこのところは生暖かい目で見守ってやってください。
では。