闇に染められた夜空に、ぽっかりと白銀の月が浮かんでいる。
満月と呼ばれるそれは、万物を淡く照らす。この巨大学園都市、麻帆良もその例外ではない。
「――――ここか」
月の光を受け、一つのシルエットがぼんやりと浮かび始める。
血で染められたような真紅の法衣。首には十字架が掛けられ、両の手には白の手袋。
その姿は、よくある神父のそれだ。
しかし、彼の顔に禍々しく刻まれた傷跡と、レンズの奥に隠された瞳はそれを尽く否定する。
その瞳は、聖職者にあるまじき側面の体現だ。
悦びの――――否、恍惚の瞳。自分の中から沸々と湧き上がる殺意に、彼はどうしようもない程の歓喜を感じているらしい。
「そのようですね、アンデルセン神父」
神父――アンデルセンの思考を遮るように声が響く。
声のした方を見れば――――さらに二つ、シルエットが現れる。
一人は、灰色のコートに身を包んだ金髪の女性だった。
肩口までで短く揃えられた金髪は、月の光を浴びて繊細に輝く。
サングラスを掛けている所為かその表情を窺うことは出来ないが――――彼女もまた、歓びに身を震わせているようだ。
そしてもう一人、修道着に身を包んだ女性は先の二人とは違い、落ち着かない様子で周りの様子を窺っている。
腰まで届く艶やかな黒髪や顔立ちを見る限り、彼女は東洋系の人物らしい。
「ああ、ハインケルに――――『由美子』か」
「この周辺を調べてましたが、間違いありません。――――≪吸血鬼≫は、この土地の中にいる」
その言葉を効いたとたん、アンデルセンは狂気の笑いを顔面に浮かべる。
「クッ ククッ……クカカカカッ」
“狂気の笑み”――――いや、違う。これは、そんな生易しいものではない。
最早――――“狂気”。“狂気”そのものだ。
「それはいい! さあ行くぞ! ハインケル! 弾丸の準備はいいか? 『由美子』! そろそろ『由美江』を起こしておけ!」
アンデルセンの狂気の叫びは、深夜の静寂を破り、麻帆良に木霊する。
「――――――さぁ、バケモノめ。首を洗って待っていろ」
■
突如襲い来る暴力――――
「エヴァンジェリンさん!」
「来るんじゃない、ぼーや!」
自らの師を、そして生徒を助けようとするネギに、立ちはだかる二人の防壁。
日本刀と二丁拳銃が彼の行く手を阻む。
「なんでエヴァンジェリンさんを襲うんですか……?」
「ネギ君だっけ? 簡単なことだよ。――――彼女が、人間で無いからだ」
「それだけで……っ!」
「人間で無いものを排除する……何がいけないのかな?」
「――――っ!!」
――――――そして起こる人外どもの殺し合い。
「貴様……何者だ」
「我々は法王庁。ヴァチカンの特務第十三課と言えばわかるか?」
「……ああ、イスカリオテ機関か。合点がいったよ、クソッタレ」
「その通り。任務は――――おまえを消滅させることだ。分かっているな? ≪
夜族≫」
激突する、
神祖の吸血鬼(と化け物専門の戦闘屋。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 魔法の射手!――――氷の17矢!!」
空気を切り裂き、氷の矢が神父の全身を貫く!
……しかし――――
「ガァハハハハ! こんな程度なのか? 『魔法』ってのは!」
「貴様…………≪再生者≫!」
「そうだ。我々人類が貴様らと戦うために作り出した技術だ」
――――そして。
「塵に戻れ、≪
夜族(≫」
銃剣(バイヨネット)が、神祖の吸血鬼を慈悲無く容赦無く満遍無く抉る。
「……く、祝福儀礼か……まずいな」
「その肉の最後の一片までも残さず絶滅しろ――――AMEN」
――――しかし、それを許さない少年がいた。
「エヴァンジェリンさんから退いてください。神父さん」
「なに?」
「退いてくださいといったんです」
「クク……クァハハハハ! 退く? 退くだと? 我々が? 我々神罰の地上代行イスカリオテの第十三課が!?」
おぞましい笑みを浮かべた神父は、ネギ・スプリングフィールドに身体を向ける。
「ナメるなよ少年。気でも狂ったか?」
「狂ってなんかいません」
「……ならば君はこの化け物の味方だと?」
「そうです」
「そうか。――――ならば。おまえも殺してやる」
「――――っ!!」
吸血鬼? バケモノ? 人間?
――――エヴァンジェリンさんがなんであろうと構わない。
あの時の悪夢は、もう見たくない。
誰かが傷つくのを見たくない。
もう、誰も死なせない――――!
少年の戦いが、今、始まる。