少年――ネギ・スプリングフィールドは困惑していた。
それは、普段足を踏み入れることの無い麻帆良大学工学部の一室に招かれたためであり、
その招待主があまり交流の無い自らの教え子――超鈴音であったためであり、
たった今聞かされた話の内容が余りに突飛過ぎたためであり、
そして何より――――超鈴音の持つ奇妙なデザインのフルフェイス・ヘルメットがあるためだった。

 薄汚れた白い塗装。あちこちにヒビが走り、特徴的な二本の流線型の角を筆頭に様々な部分が欠けているそれは
まさにガラクタ――否、ポンコツと呼ぶに相応しい様相。
通常であれば只の廃棄物として処理されてしまうような物ではあったが、ネギはそれに――酷く陳腐な表現ではあるが――『運命』のような物を感じている。

「ふふ、理解できない――って顔アルね、ネギ……いや、先生?」

 理解できないというのも当然といえば当然。

 この世界に存在するという無限の可能性――『平行宇宙』。
 その平行世界を跳躍する事が出来るというカシオペア――、否、『TFP』。
 近い将来、ほぼ全ての平行世界に迫り来るという危機。
 そして、『破壊魔』と呼ばれる存在――――。

 どれもこれも非凡で、夢物語のような事ばかり。
通常ならば妄言や戯言と捉えられてしまいかねないそれらに、しかしネギに一切の反論が浮ぶ事はない。

「これは預けておくアル。きっと必要になるだろうから、ネ」

 ネギにフルフェイス・ヘルメットを手渡し――、超は普段と変わらぬ様子でドアを開ける。

「それでは」

 フルフェイス・ヘルメット――ポンコツを呆然と見詰めるネギを残し、ドアが礼儀正しく閉じられた。


 ■


 麻帆良大学工学部の一室の冷たいリノリウムの床に、三人分の、正確に言うならば、二人と一体の影が伸びる。
先程ネギと話を終えたばかりの超鈴音。
そして、小型戦闘宇宙船――通称“ヴァルチャー”が一体。

 そして、その赤を基調としたシンプルなデザインのボディに纏わりつくのは――――

「高質量微小機械(ナノマシン)、重力素子! それをコントロールするアクティヴデバイス!
重力素子を目的に直接ぶつける兵器としての能力! “ヴァルチャー”。それは最も小型で最も強力な『着る宇宙服』!
ああ、なんて素晴らしいんでしょう! もう私死んでもいいですっ。ああでも死んだら研究できないじゃないですかなんて馬鹿なんでしょう私ったら――――」

 ――――まさしく噂通りに科学に魅入られた少女、葉加瀬聡美だった。
これでもかと言わんばかりに頬を摺り寄せ、惜しみない愛情をヴァルチャーに注ぎつづけている。

「ふぅ。堪能させていただきました」

 ……たっぷり五分程愛を語ったところで、やっと超の方へ(身体はヴァルチャーにくっ付けつつ)顔を向ける。
少しだけ焦燥の色が窺える超の顔を見て、「しょうがないですね」といったニュアンスの溜息をつく。

「……随分ネギ先生の事を心配するんですね、超」

 それは、超の行動を見てきた葉加瀬の素直な感想だった。
数日前に地球に落下したフルフェイス・ヘルメット――超はポンコツと呼んでいた――を誰にも任せる事無く自ら回収し、更には
アクティヴデバイス等のオーバーテクノロジーを惜しみなく取引の材料に使ってきた。
どれをとってもネギ・スプリングフィールドとは関連付け出来そうに無いが、しかしその想いは全てネギに向いていたように思えるのだ。

「まあ、ネ」

 ――その言葉に、超からは焦燥の色が消え、替わるように軽く微笑んだ。

「母親として――息子をほおって置くなんて出来無いアルよ」



 ■


 
 それから数日。
超鈴音の予言どおり、世界に危機が訪れる。

 その名は――『流刑体』。永遠の贖罪の為に宇宙を彷徨いつづける筈の他惑星の犯罪者達――、だ。
【誰よりも強く残忍であること】を遺伝子レベルで強制された彼らが、一斉に脅威となって地球に降り注ぐ。
その総数、20,000,000。まさに計り知れない未曾有の危機。
 
 ――――もはや世界そのものが戦場だ。
圧倒的な攻撃力と残忍性を備えた戦闘特化の異形共。それらと渡り合うのは、国を挙げて用意された武装した警官隊や軍隊であり、
そして――――世界中の魔法使い達。

 相反しあう魔法協会ですら手を組み流刑体を迎え撃つが――しかし、総数20,000,000という度し難い
数の暴力に、魔法使い達は徐々に追い詰められてゆく。

 そして、その戦渦は十歳の少年、ネギ・スプリングフィールドをも巻き込む。
麻帆良学園を襲撃する無数の流刑体を、同僚の魔法先生と共に排除してゆくが――。


「ちょっとネギ、あんたホントに大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫です。アスナさん」


 ――父譲りの才覚と魔力があるとはいえ、実戦経験に乏しいネギ。
いつ終わるとも知れない戦いの日々に、傷つき、疲弊し、精神は磨耗してゆく。

 それでもネギは戦うことをやめない。
エヴァンジェリンやタカミチには遠く及ばないが、彼とて戦う術を持っている。ならば、牙を剥かない訳にはいかない。
幼き日の過ちの贖罪の為、そして、自らの教え子を守る為に――――


 
「――――力が、欲しい」



 エヴァンジェリンのような圧倒的な力が、タカミチのような不動の精神が――、欲しい。
何でもいい。高望みはしない。ただ、大切な物を守れるくらいの力が――――。



 
≪……ネギ・スプリングフィールド。随行体としての任務遂行の為、『現住民』である君に協力を要請したい≫
「――――……え?」




 超鈴音からの突然の贈りもの――今まで完全に沈黙していたフルフェイス・ヘルメット、
『ポンコツ』が――ネギの意志に呼応するように起動した。
この地球に今尚降下しつづける『流刑体』。それを『回収』するため、データ生命としての責務を果たすには――――

≪君の力が必要だ≫

 随行体は言う。
他でもない、ネギ・スプリングフィールドの力が必要なのだと。

「僕、が……?」

≪そう、君の力だ≫
 


≪――――さあ、回答の入力を≫

 
  少年の願いが、今まさに叶えられようとしている。
『流刑体』に対抗しうる力に、少年は躊躇う事無く手を伸ばした。

 たとえ、この選択が過酷な未来を呼び寄せようとも、少年の答えは一つしか存在しない。



「僕に、力をください」



  ――――全ての『流刑体』の王であり天敵である存在が、今ここに誕生した。

 













「――――あいにく、『魔法先生』っていうのはとっくに廃業してまして……」


「――――今は、『破壊魔』やってます」



 さあ、『破壊魔』 。全てを守れ。全てを救え。全てを――――――、破壊せよ。



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